水上寮(水上朝陽舎)と林間学校沿革

1.水上寮の建設

 海の朝陽舎に続き山の朝陽舎を志していたところ、昭和3年に上越線が水上村まで開通することになり、村振興のため施設の誘致を企図していた水上村の意向と一致、木村村長らから同村小日向の私有 地の寄進を受けるなどの協力を得て、S4年4月24日同地に寄宿舎敷地を登記。
(東大も誘致に応じ東大・谷川寮を建設。現存)

・S4年6月1日 宿舎を建設、水上朝陽舎と命名
・S4年7月21日より生徒70余名が初使用
・S4年7月25日 阿部校長と職員が出席して開館式
 村からは木村村長以下吏員、軍人、青年団,小学生も出席
・S5年2月25日 スキー練習に生徒20余名が参加(以後、数回スキー教室実施)

2.戦前の林間学校

・S11年までは記録なし
・S12〜14年 有志による林間学校実施(人数等の記録なし)
・S15年以降は戦争による混乱期のためか実施の記録なし

3.戦後の林間学校

(1)参加対象者
・S26年に戦後初の林間学校実施
・S26〜32年:全校生徒を対象とした希望者が参加(塩見臨海学校も自由参加のため好きな方を選択)


1953年(昭和28年)の林間学校の様子

・S33年以降:12回生より1年生全員が塩見臨海学校に全員参加となり、林間学校は2年生対象となる

(2)参加者数推移
・S26〜38年:1期40名として2〜3期、80〜120名程度が毎年参加
・S39年に女子の富士見合宿参加が認められたのを機に、女子を中心に参加者は年々減少
・S40年以降:参加者減少により、実施回数は1期のみとなり人数も20名前後に低迷
         参加希望者少数により中止の年度も5回あり
参加費を安くするためH8年より3泊4日とするが、参加者増加にはつながらず

  詳しい参加者数はこちらからご覧ください。

4.閉鎖から解体へ

・H13年度第3回理事会(H14.2.28開催)にて、水上寮閉鎖を決定
・H16年:上記決定を受けて尾瀬林間学校を計画するが参加希望者少数のため実施せず
・H17年:59回生による水上寮利用による最後の林間学校実施
・H19年7月19日 第11回代表幹事会にて「水上寮再建を断念」と決定
・H26年7月26日 水上寮お別れ会を現地にて開催
・H26年10月   水上寮解体工事完了


昭和4年建設以来林間学校の基地となった水上寮、
築84年、無人となって10年近くなる寮舎は、最低限のメンテはしているものの厳しい自然環境もあって荒廃が進み、地元からは不審者による出火や降雪、台風等による災害の恐れから早期の対策を求められたこともあり、理事会の決定に基づき平成26年10月に解体されました。